2013年09月02日

16NJを振り返って

練馬9団 VS隊
東京18隊 ピーター班長 木村



 山口県きらら浜にて開催された第16回日本ジャンボリー。私はこの16NJに、東京18隊ピーター班の班長として参加しました。出発するまでは、BS隊のメンバーと少し年齢が離れていることもあり、8人もの班員をうまくまとめられるか、11日という長い期間中トラブルなく過ごすことができるか、少し不安もありましたが、事前の活動などを通してだんだんに仲が良くなっていったのでたすかりました。

 ジャンボリーは、本当に大きな規模の大会で、たくさんの人々がスタッフとして協力し、成り立っています。例えば、私達は日替わりでGDV(Global Development Village=地球開発村)、カルチャー、広島ピースプログラムなどの活動に参加しますが、そのひとつひとつに数えられない程のスタッフの方達が働いています。説明をしてくれる人、ネットに情報を発信する人、たくさんの人々が16NJ成功のために活動し
ているということを知りました。

 また、今回私は、なんと幸運にも皇太子殿下との昼食会に参加する機会をいただきました。私は偶然にも東京都の代表に選ばれたのです。他日本代表の6名と世界各国の代表スカウトと共にたくさんの注意事項を聞き、殿下とお会いする会場に迎いました。
初めに立食パーティでクッキーとお茶をいただきました。このとき、私は日本人のグループと一緒だったので少しホッとしました。いよいよ殿下が登場し、ごあいさつの後、各テーブルを回り、スカウト一人一人に握手と簡単な会話をされました。それまで少し緊張していましたが、いざ会話がはじまると、殿下は私のネームプレートを見て「練馬から来たの?」と声をかけてくださり、その会話から落ち着いて話をすること
ができました。皇太子殿下は今回のジャンボリーで10回目の参加になるそうですが、殿下がつねに優しい笑顔で会話をされていたのが印象的でした。

 全員とのあいさつの後、つづく昼食会では場所を移動し、高級ホテルの一室のようなところでカレーを食べました。期待とは少し違い、高級食材がゴロゴロ入っているというわけではありませんでしたが、やはり、家庭やキャンプで食べるカレーとも違っていました。私はこの大会で合計3回のカレーを食べました。さらに、東京に戻ってから台湾隊を迎え入れた場所でもカレーを食べたので、合計2週間で4回ものカレーを食
べることになりました。

 最後に、この16NJを振り返って思うことは、テーマである「和」の重要性に気づいたということです。班での調和、大会としての調和、世界との調和。殿下との昼食会ではマレーシアやブルネイ、ブラジルのスカウトたちと交流し、名刺交換をしたり会話をしたりして友人になりました。その他、大会活動中はあちこちでたくさんのスカウトからキャップにサインをもらうことができました。前回の15NJのときと同様、大
切な大切な宝物になりました。

 今回の大会を通じて、班長としていたらなかった点も多々あったと思いますが、スカウト、スタッフ、リーダー他皆様のおかげでとても楽しく充実した時間を過ごすことができました。この場を借りて、心から感謝とお礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。そしていつか機会があったら、自分なりのかたちでこの恩返しをしたいと思っています。
posted by BS練馬9webチーム at 21:56| Comment(1) | ベンチャー隊

2010年09月04日

神々が集いし伝説の島

DSCF6443-2.jpg大谷彰

 ライトノベルのような仰々しいタイトルであるが、これは神津島港の観光案内センターみたいなところにおいてあったパンフレットに、本当に書いてあった下りである。神津島と言うのは伊豆七島の一つで新島、式根島よりも南で、三宅島よりも北にある、崖だらけの島で、ベンチャー隊は今年そこで夏キャンプを行った。なぜそんな神々が集いし島へ行ったのかと言うと、単に去年は式根島へ行ったので、今年はそれよりも南の島に行きたかったのである。
 日程は8月26日から29日までの3泊4日であるが、26日の夜に集合して島へ向かうので、実質2泊3日である。メンバーは3人、隊長とスカウト一人と私で、荷物はテントや食糧を含め、すべて個人で持っていくはずだったが、なぜか私は米3kgやらスパゲッティ1kgやらを運んでいた。

私達は8月26日の夜9時に東京の竹芝桟橋に集合した。伊豆七島へ向かう東海汽船のさるびあ丸は夜に出港し、翌朝各島を経由しながら南下する。去年は中途半端なリクライニングしかついていない椅子席しか切符を取れず、大変窮屈な思いをしながら一晩を明かしたのだが、今年は雑魚寝の席が取れたので、非常に快適であった。
27日の午前9時前後に私達は、無事神津島の前浜港に到着した。まだ午前だと言うのに日差しはとても強く、気温もおそらく30度を超えていたであろう。港には多くのワゴン車が停まっていて、それらは島の民宿のものだった。下船した人々はあっという間にそれらの車に乗り込みどこかへ行ってしまい、静かな港に私達だけが残っていた。

DSCF6500-2.jpg神津島には無料のキャンプ場が2つあり、私達はそのうちの沢尻湾キャンプ場というところでキャンプをすることにした。そこは港から徒歩で20分ほど北に行った場所にあり、西に向かって視界が開けているので、夕日がとても綺麗に見えそうな場所だった。海の反対側にはすぐ山が迫っていて、うっそうとした森が茂っていた。もし誰かが、ここは戦時中に日本が占領した熱帯の島だ、と言われてそのキャンプ場の写真を手渡されても、それほど不自然さは感じられない、そんな場所だった。しかし、そこには無料のシャワーや水場、東屋もあり、キャンプをするには絶好の場所であった。
設営を終えた後、早めの昼食を取り、しばらく休んでから、海に入った。湾内なので波はほとんどなく、また水温も高かったので、のんびりと泳ぐことができ、さらに海の透明度は高く、遠くまで見通すことができた。去年の式根島の海も綺麗だったのだが、ここの海はそれよりもさらに美しかった。海中には、小さなものから大きなものまで沢山の魚が生息しており、その中にはよく熱帯魚の水槽で飼われているものも見られた。岩がゴツゴツとしているほうへ向かうと、岩陰には店で売られているような大きな魚を見ることができた。また4、5cmぐらいの小魚が何百何千と群れになっている光景も見られ、これだけでもわざわざ長い時間をかけて来た意味があると言うものである。

昼過ぎからは、島の集落を、自転車を借りて散策することにした。集落は私達が汽船の停泊する前浜港と、その南側に広がる前浜海岸を見渡せる、西向きの斜面を中心に広がっていて、斜面にある集落なので当然ながら坂が多い。借りた自転車もキャンプ場から港まで行くのには重宝したが、集落の中では、立ってこぐか、押して登るかのどちらかで、余計に疲れてしまった。
私とスカウト(つまり隊長以外の二人)は次の日に体験ダイビングをすることになっていたので、予約していたダイビングショップに立ち寄り、手続きを済ませた。ダイビングは島の最北端の赤崎と言うところで行われるようで、そこは私達がキャンプしている沢尻湾よりもさらに綺麗なところらしい。午前9時半に車で迎えに来てもらうことを約束し、私達は店を出た。
帰りに、釣具を借り、さらに夕食のカレーのための肉と島の特産品であるくさや、そして島でよく取れるタカベという魚を買って帰った。

DSCF6473-2.jpg そして、キャンプ場に戻り、徐々に日が西の海へ沈もうとしている頃、私達も夕食を作り始めた。そこで、いまさらのようにカレールーを買い忘れたことに気がつき、私はもう一度集落までルーだけを買いに走った。今度は集落の中を通るのは止めて、前浜海岸沿いの眺めのいい道を通って、最後に少しだけ坂を上がって、商店まで行った。海岸沿いの道路は片側1車線であったが、それがどうも島で一番の大通りらしく、島で唯一の信号機もその通りにあった。
 キャンプ場に戻り夕食を食べる頃には、日はすっかり傾き、美しい夕陽が見られた。私は初めてくさやを食べたが、正直、食べられないものではないが、特別美味しいものでもない、といった印象だった。結局は珍味なのであった。しかし、タカベという魚は油が乗っておりとても美味しく食べられた。

 そして夜になった。あたりはすっかり暗くなり、代わって星がくっきりと見えるようになった。都会で北斗七星や北極星を見つけるのは、かなり難しいが、ここではすぐに見つけられた。隊長が、何キロメートルも先まで届く強力なレーザーポインタを持って来ていたため、星を探すのにいちいち「ほら、あのさきの明るい星のちょっと右の…」とかそういう無駄な労力を割かずにすんだ。ちなみに借りた釣具でつりもしたが、雑魚ばかりで食べられそうなものは一つも釣れなかった。

 その日は夜の気温も高かったのでテントに入らず外にマットと寝袋だけを持ってきて寝ようとしたが、蚊が大量に飛んで来ては波状攻撃を仕掛けてくるので、5分でテントに非難した。隊長だけは朝まで外で眠っていたが、よく全身何十箇所も刺されて寝られるものだ。

ところで、ここまで書いて気がついたのだが、「神々が集いし島」にしては神々要素が一つも無いような気がして仕方がないのである。

049-3.jpg 次の日、午前9時半にダイビングショップに人が迎えに来た。午前の参加者は私達2人だけらしかった。陸上で説明を受けたあと、器具をつけて海に入った。深さは大体5メートルぐらいで、岩に囲まれているため波は穏やかだった。サンゴやイソギンチャクが多く生えており、その隙間に多くの熱帯魚、例えばクマノミなど、が見られた。しばらくしてからインストラクターがゴム栓のようなものを海中で手渡してきたので、なにかと思ったが、それは魚肉ソーセージだった。指で潰して細かくすると、小魚がよってきて食べ始めた。そんな中で記念撮影をするとはなかなか巧妙です。後で時計を見ると、実際に海の中で泳いでいた時間は30分程度であったが、もっと長い時間いた気がするぐらい、刺激的な体験であった。
文章ではこの程度しか書けないのでとても残念なのだが、どんな人にとっても間違いなく面白い体験なので、島国に旅行に行ったら、ぜひ体験してもらいたい。また、数日間島に留まれば、ダイビングのライセンスも取れるらしいので、旅行中にライセンス取得を目指すのもいいかもしれない。

昼前にはキャンプ場に戻ってきていたが、それからは暑くて何もする気が起きないので、適当に昼寝したり、海に入ったりしていた。
そして夕方になった。その日の夕食は隊長がお寿司をご馳走してくれるということだったので、私たちは再び集落へと向かった。神津島にお寿司屋さんは3件あるので、島の人にどのお店が一番いいか聞いて回って、一番人気があった店へと向かったのだが、あいにく予約で満席だったので、そこは諦めて、別の店へと向かった。
一軒家を改装したそのお店はこぢんまりとしていて居心地がよかった。寿司ネタの大半は本土から運んできたものだったが、いくつか地元の魚も入っているということだったので、それらを盛り合わせで出してもらうことにした。運ばれてきた大皿にはイカやキンメダイなどが乗っていて、どれも美味しかった。

夕食を楽しんだ後、私たちはキャンプ場に戻ってきて、それから、沢尻湾沿いにある温泉に行った。一人800円と決して安くは無かったが、とても眺めのよい露天風呂があったので、その価値は十分にあった。しかし、お湯は海水を沸かしたのか、温泉を掘ったのかは分からないが、なぜか塩辛かった。
帰ってからはそんなにすることも無いので、早い時間に眠ってしまった。

翌朝、私は午前5時過ぎに目が覚めた。キャンプに来ると、なぜか必要の無いときまで早起きになってしまうのである。
その日はもう船に乗って本州へ帰るだけであった。朝7時には朝食をとり8時には撤営した。船の出港は9時半だったので、時間には余裕があった。島内を走るバスに乗ったので、港に着いたのは9時前だった。
その日も、海は穏やかで、船は定刻に出港した。南の島ともお別れである。

東京の竹芝桟橋に着くまで、船内にいる時間は約8時間だったので、本を読んだり音楽を聴いたり、デジタルカメラで撮った写真を見ながら時間を潰した。
昼過ぎには、船は大島を離れ、暫くすると本州が見え始めた。私は、ああ、もう帰ってきてしまったのか、明日からまたいつもどおりの生活に戻ってしまうのだなあ、と感慨にふけっていた、と言うことはあんまり無く、長いことデッキにいると潮風で服がべたべたになるので、早々に船室へ引き返した。
夕方、船は無事竹芝に到着し、私たちの今年の夏キャンプも終わったのであった。

いや、家に帰るまでがキャンプであった。地下鉄の中では、35リットルのリュックサックに足ヒレまでつけたものを持っている人間は、嫌でも人目を引いた。ようやく光が丘駅に帰ってきて、その後無事帰宅し、今度こそ今年の夏キャンプが終了した。
最後に、私達はもしかしたら来年も、まぶしい太陽の光と青い空に青い海を求めて、そして更なる発見と興奮を求めて、神津島よりもっと南の八丈島、さらには小笠原諸島まで行ってしまうかもしれない、というありきたりな伏線を残しつつ終わってしまうのである。

posted by BS練馬9webチーム at 02:19| Comment(2) | ベンチャー隊

2010年05月17日

親子丼の彼

1005v01.JPGローバー隊 大谷 彰 

時間が経つのは早いもので、今年もまたベンチャー章取得の単独キャンプの季節がやってきてしまった。特にゴールデンウィークにやる必要もないのだが、3月はチャレンジ50にスキー、4月はスカウトフェスティバルと、このときぐらいしかキャンプのための時間が取れないのである。
さて、ちょうど1年前にも書いたが(詳しくはザマミロ関越自動車道を参照)、ベンチャー章と言うのはベンチャースカウトに上進したときにとらなくてはならない章のことである。その取得条件は一人でキャンプを企画しそれを実行すると言うものであるが、隊長の権限でわりとどうにでもなるので、各々の荷物を持って、山までは隊全員で登り、食事と寝るところだけ別にするという方法をとっている。今年の参加者数はリーダー3人、スカウト2人の5人であった。
「各々の荷物」と簡単にくくってしまったが、ボーイ隊では車で運ぶテントや調理器具などを、自分達で運ぶのもこのキャンプの特徴である。だから、折角なので、練馬9団の備品の話も書いておきたいと思う。
この団の備品は一言で言うと、古い。テントは物にもよるが、大半は袋が破れていたり、ペグが若干曲がっていたり、ポールの中のゴムが伸びていたり切れていたりと、何かしら一つぐらい問題がある。また鍋はふたが合わないものがあるし、バーナーも点いたり点かなかったりする。
そして、それらの備品を入れてあるのが、団の倉庫、通称団ハウスである。今は光が丘公園の近くにあるワンルームマンションの、本来ごみ置き場になる所を、土地の所有者の許可を得て借りさせていただいている。それはとてもありがたいことなのだが、キャンプの備品をしまっておくには、少し狭い。テトリスのようにきっちりと詰めていかないと、すぐに一杯になってしまう。
が、これは「お金がない」とか「土地もない」とか言うことではなく、「ボーイスカウトは質素である」という格言を、身をもって実践していると言うことである。
閑話休題、去年は埼玉県の鐘撞堂山というところでキャンプを行ったが、正直、山の標高が300mと低すぎたためベンチャースカウトにしては難易度が低すぎたので今年は都内で一番高い雲取山に登ることにした。
雲取山は、東京都、埼玉県、山梨県の境目にある標高2017mの山で、日本百名山の一つでもある。さらに金さえ払えば、山頂付近の山荘で泊まることができるので、標高の割には、お手軽な山でもある。そのため、ゴールデンウィークともなると沢山の登山客がやってくることは簡単に想像できた。
5月3日、私達は登山口に向かうために、まず奥多摩駅まで行き、その後バスに30分ほど乗った。ゴールデンウィーク中なので、予想通りかなりの人がいた。人ごみを避けるために登山をするようなものだが、そのために、満員のバスにのって登山口まで行くのは、なんとなく可笑しい気がする。
9時半に私達は登り始めた。雲取山山頂の少し下に昼過ぎまでにはキャンプを張り、余力があれば、その日のうちに山頂へ登り、なければ次の日に登る予定でいた。
その日は天気がよく、遠くまで見渡すことでき、富士山も見えた。また気温も高くシャツ一枚でも汗をかくほどだった。登山道にもまた多くの人がいた。
途中にいくつか沢があったのでその水を飲んでみたが、冷たくて美味しかった。リーダー一人の足がつるアクシデントがあったが、そのほかは順調だった。
さて、歩いていると、2時過ぎには、キャンプ予定地には着いてしまった。順調に物事が進むと、書くことがなくなってしまうのである。
1005v02.JPGそのキャンプ地は雲取山の尾根上の少し開けたところにあり、緊急時のヘリポートや、先ほどの山荘とはまた違う奥多摩小屋という山荘もあった。そしてこの奥多摩小屋と言うのが、なかなかにハイレベルにボロボロな感じの小屋で、うまくすれば映画のロケができるかもしれないようなオーラを放っていた。
が、私達が泊まるのはあくまでテントなので、その小屋がいくら古くても私達には関係の無い話である。
テントも建て終わり、のんびりしていたら夕方になってしまったので、夕食を作った。リーダー3人はご飯と、レトルトカレーという手抜き極まりないメニューであったが、一人のスカウトはなんと親子丼を作ると言う。わざわざ生卵まで持って来ていたのだから更に驚きである。実際けっこう旨かったが三つ葉があればなお良かった。
ところでベンチャー隊の隊長の藤田さんには食事についての逸話がいくつかある。その中でも最も有名なのがフキノトウの話である。
それは数年前のキャンプのことだった。ちょうど時期が2月だったので、キャンプ地の周りにフキノトウが沢山生えているのを藤田さんが見つけてきた。それはとても良かったのであるが問題はその食べ方であった。
フキノトウに限らず、野草類は苦かったりクセがあったりと少々食べにくいものが多い。普通は揚げて食べたりすることが多いのだが、そのときはメニューがキムチ鍋であったし、そもそも揚げ物をするほど油を待っていなかった。
そこで藤田さんは考えに考えた末、生のまま鍋に入れることを思いついたらしい。当然ながら苦くて正直まずかったのだが、怖いことに鍋の上は真っ暗で、自分が何を箸でつかんだかが分からないのである。もはやほとんどロシアンルーレットであった。
と言うのが練馬9団でも有名なフキノトウの話である。
ちなみにこの話は口伝えで色々な人に伝わっていったものだが、風化しないうちに体験者の私が大胆にも文にしてしまったのであった。
夜になった。昼間は汗ばむほど気温が高かったが、陽が沈むと一気に冷え込んできた。早く寝て、次の日の早朝に雲取山山頂を目指すことにした。どっちみち少人数のキャンプでは夜にすることなど、ほとんどないのである。
朝までは寝ているだけなので、その間にスカウトのブログを紹介したいと思う。
と、思ったが、締め切りまでに文章が送られてこなかったので割愛させて頂く。
さて、朝になった。
1005v03.JPG私達4人は午前4時に起床し、雲取山山頂へ向かって歩いていた。誤字脱字ではなく本当に4人で登ったのである。前の晩わざわざ生卵を使って親子丼を作った彼は、そのことに全体力を使ってしまったのか、いくら起こしても目を覚まさなかったのだ。
辺りはまだ暗く、私はつまずかないように注意しながら歩いていたが、急な上り坂を何回か上がると、あっけなく山頂に着いてしまった。そのころには辺りはすっかり明るくなっていたが、残念ながら雲が出ていたので、日の出は拝めそうになかった。驚いたことに、山頂にはまだ雪が残っていた。おそらく4月の中旬に降ったものがまだ残っていたのであろう。
山頂にいた時間はおそらく10分ぐらいだっただろうと思う。人間というのは贅沢なもので、どんなに良い眺めでも、長く見ていると飽きてしまうものである。
5時半ごろにはキャンプ地に戻ってきたが、親子丼の彼はまだ眠っていた。コッヘルで朝食をつくっているころにようやく起きてきたようだった。とりあえず生きていたので一安心である。
7時半にはキャンプの撤収を終え、8時に下山を開始した。その日のルートは、来たルートよりも長いルートで、尾根沿いを進むものだった。途中いくつかの山頂に着いたが、まあ、特にこれといった感想はない、ただの休憩場所であった。
1005v04.JPG尾根沿いの道を外れ、きつい山道を一気に下ると、奥多摩湖が見えてきた。ゴールが見えると急に楽になったが、それでも湖畔につくにはそれからかなりの時間がかかった。
結局、湖畔に到着したのは昼過ぎだった。ちなみに昼食はクラッカーと乾パンで、私は別にどうということはなかったが、スカウト2人には若干こたえたようだった。
あとはバスに乗って奥多摩駅に行き、電車に乗って帰るだけなのだが、こういう田舎に来るとバスはたいてい1時間に1本あるかどうかといったところで、不運なことにも、私達が到着する5分ほど前にバスは発車してしまったようだった。次のバスはやはり1時間後で、それまでは待っているしかない。私は自動販売機でジュースを買いそれを飲んでいた。飲み終わった後に、それが賞味期限切れであったことをスカウトに指摘されたが、今も元気なので、まあ大丈夫であろう。
そうこうしているうちに時間が経ち、次のバスがやってきた。懐かしい言い方をすると、想定の範囲内ではあったが、バスは満員で、乗車率200%といったところであった。臨時バスも2台出ていたが、私達はそのバスの2台目にようやく乗ることができた。それから30分はずっと気をつけの姿勢のままで、山登りよりもむしろこちらで疲れてしまった。
ようやく奥多摩駅に到着したが、当然ながら、電車にもたくさんの人が乗っていた。去年は高速道路の渋滞を見てはザマミロと思っていたが、どちらかというと今年は言われる側である。
色々あったが、今年のベンチャースカウト2名も無事にベンチャー章を取れそうである。若干1名山頂にたどり着かなかったものもいるが、とりあえずキャンプの第一目標は達成できたので、よしとしよう。そして、次の大きな活動は夏のキャンプである。そのときは今回以上の働きをすること、その上でより面白いハプニングを起こすことを期待したいと思う。


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2009年10月03日

道満で高血圧!? 090927

IMG_3408.JPGIMG_3370.JPG先日の9月27日(日)に9団恒例のワンデイ・ハイクを道満公園で行った。荒川の埼玉側にある公園は、好天気もあって大盛況!VS隊も副長補と隊員をいれて合計4名参加と、夏以来の活動となった。
結論から言うと、当日は大変血圧の上がる事が起きてしまい、改めてVS年代への説明責任の難しさと、力不足を痛感した次第である。この年代はBS隊を卒業し、スカウトとリーダーの中間に位置する為、やもすると良いトコどりの全く迷惑な存在にもなりかねない者だと知らされた。
事の顛末は省略するが、リーダーは下見・事前準備・当日手配を行った上で当日の活動をこなし、その後片付けを行うといった見えない部分が殆どである。現場でのノンビリを共に行う事でリーダー気分に浸るのは結構だが、自由度が増した分責任も多くなる事をこの事より学んで欲しい。当方の金切り声を聞いてくれた副長補にはすみませんでした、ごめんなさい。

追伸
スズメ蜂が近くにいると分かった時は、以前生越で行ったキャンプの事件が思い出されたが、無事に終えられヨカッタヨカッタ!

VS隊 藤田♂


後から割り込んですみません、原です。

藤田さん、ありがとうございます。
藤田さんの責任感の強さが伝わってくる文章です。
スカウトたちのますますの成長に期待していきましょ!

最後に、当日参加していただいたリーダーや親たちの
コメントも掲載しておきますね。

◆昨日の活動、ありがとうございました。
普段こんなに歩く事はないので、
とても良い体験をさせて頂きました。
◆昨日はお疲れ様でした。秋のさわやかなお天気で、とても気持ちよく歩けました。 
◆道満ハイクお疲れ様でした。往復四時間歩いたのですよね。いまだに腰と足が痛みます・・・
◆道満ハイクお疲れ様でした。
歩いている時には気付きませんでしたが、
私は本当〜に疲れた様で、9時には夢の中でございました。
息子はもう1往復したかったそうです。
◆昨日、ハイキングに参加させていただきありがとうございました。気持ちの良い秋空のなか、歩くことができて楽しかったです。
娘と共に感謝しています。
◆昨日はありがとうございました。私と娘が帰ったとたんばったり倒れこんだのに、息子は「遊びに行って来る〜」と家を飛び出して行きました。
◆ハイキング&野外活動本当にお疲れ様でした。
今回の活動でわが子の成長を感じることができました。
母のほうが疲れました。まだまだ頑張らねば!
◆先日はありがとうございました。お疲れ様でした。
主人はばてばてでしたが、恵一朗は体力がかなり残っているようで驚きました。
◆道満ハイク お疲れ様&ありがとうございました。
とても疲れましたが、楽しかったです。
母は、翌日にも疲れが残りましたが、息子は元気に活動していました。
◆私は、帰路の道中にチェーンが切れ、
成増まで押して歩くはめに・・・。
で、成増ダイエーでチェーン取替え修理をしてもらい
帰宅しました。
なんだか、ついてないです・・・。


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2009年05月24日

ザマミロ関越自動車道 VS隊副長補 大谷 彰

今年もゴールデンウィークがやってきた。我が練馬9団のベンチャー隊も本当は1000円になった高速道路を使って全国各地を回りたいところではあるが、渋滞も長くなりそうなので、埼玉県の鐘撞堂山という山でキャンプを行った。
今回のキャンプの目的は「ベンチャー章」と言う章を取るためだが、本当のところは、この連休中にどこにもいけないかなしい人たちが集まっただけかもしれない。
さて、ベンチャー章と言うのは、ボーイスカウトからベンチャースカウトに上がったときに最初にとらなければいけない章のことである。具体的には、一人でキャンプを計画し、それを一人で実行するというものである。今年の参加者は森スカウト、立原スカウト、藤田隊長、そして私である。今回は女子のスカウトがいるので、駅から目的地までの道のりと寝るところを全員別にし、後は隊として行動することにした。しかしそれだけではつまらないので、男性陣はテントを使わずに1泊することにした。
朝11時に東武東上線の成増駅に4人が集合した。
キャンプに行くのに朝11時集合と言うのはあまりにも遅すぎる感じがするが、今回はあくまで章を取るために1泊するだけなので、この時間でも十分なのだ。
そして午後の3時か4時ごろには目的地である鐘撞堂山の頂上に全員が集合することができたが、特にすることもないので、隊長がいつの間にか作ってくれたポップコーンと行く途中に採ってきた野草の素揚げを食べた後、すぐに夕食の準備に取り掛かった。
スカウト達はキムチ鍋を作っているようだったが、2人分にしてはやたらと量が多い。なぜかと思ったが、どうも買出しのときにある男子スカウトが4人分買ってきてしまったようだった。まあ頑張って食べてくれと心の中で軽く応援してあげた後、私達リーダーはうどんに切り餅とセリなどの野草を入れて山菜そば的なものを作った。もし野草が生えていなかったら、ただの素うどんプラスきり餅と言う寂しいものになってしまうので、今考えてみればかなりリスキーであったと思う。
味はなかなかのものだった。
ところで、ここで数年前に私がベンチャー章を取ったときはどうだったのかを書いておきたい。
私の場合は、隊で行動するどころか、ボーイ隊かカブ隊の一泊キャンプについていって、夜寝るときだけ1人で寝るという、ベンチャー章の目的の前半部分を完全に無視した方法をとったが、我が練馬9団は細かいことは気にしない人が多いので、それで章を取ることができてしまった。
まあいまさらこんなことを暴露しても、ローバー隊に上がってしまった今となってはもうどうでも良いことなのである。
そして日が暮れ夜になった。
実は私達がキャンプを行った鐘撞堂山と言うところは夜景がきれいなことで有名である。そこで私達も頂上にある展望台から夜景を眺めることにした。
遠くの方に街と線路と駅が見えた。線路の横には高速道路が見えた。
そして地平線の先まで続いているかと思われる車のテールランプを見ることができた。ザマミロである。やはり、高速道路が安くなったから車でどこか遠くまで行きましょう、とかそういう甘い誘惑を断ち切った私たちの判断が正しかったのだ。
その日、私は軽い優越感に浸りながら、シュラフにもぐりこんだ。
翌朝、私は4時に目が覚めてしまった。そこで日の出を見ようと思ったが、曇っていたのであきらめた。この日は荷物をまとめて帰るだけで良かったので、本当なら8時過ぎには駅につくはずなのだが、そう計画通りに上手く行かないのが現実である。
あえて名前を挙げることはしないが、ある男子スカウトがかなり方向音痴であることは、我がベンチャー隊の中では結構有名なことである。そして今回もまた、彼はその実力を存分に発揮してしまったようであった。
隊長と私、そしてある女子スカウトは今回の山はどの道を下っても街に出ることができることを知っていたので、別に遭難する、とかそういう心配はしなかった。と言うよりむしろのんびりした時間を過ごせることに喜びすら感じた。私達はある湖の横の細い道路の上に、ロールマットを敷き、ポップコーンを作り、野草を探し、湖の絵を描いて、まったりとした時間を過ごした。
そしておおよそ2時間後、ついに彼―ある男子スカウト―が姿を現した。まあだからといって暖かい拍手で迎えてあげるようなことをした訳ではないが。
そうして今回のキャンプもとりあえず無事に終わった。2人のスカウトも多分ベンチャー章をもらうことはできるだろう、なにしろ私でも取れたのだから。
最後にもう一つ。文中に何回か登場する「ある男子スカウト」は地図読みと料理以外のことは非常に良くできる、とてもとても優秀なスカウトである。私は、いつか彼が1度も道に迷うことなく目的地に着く日が来ることを信じている。
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2008年04月17日

4/13 スカウトフェスティバル

080413v.jpgベンチャー隊・藤田渓斗

悪天候の中練馬9団のスカウトフェスティバルが行われました。
今年も、ベンチャー隊はボーイ隊と一緒にやきそばとたこ焼きをやりました。
スカウトの数も増え、休む時間のなかった昨年と比べ今年は少しだけラクだったと思います(^^;)
私はこの日、お客への対応の仕方を学びました。
笑顔で対応する!
買ってもらったときは、「ありがとうございました」としっかりあいさつをする!
おつりを間違えないようにする!  などです。
今年の、フェスティバルで学んだことを来年のフェスティバルに生かすことが出来れば良いと思います。
そして、この売り上げでスカウト活動を更に充実したものにしていきたいです!
天気は、よくなっかたけれど楽しく活動することが出来ました♪
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2008年01月19日

ボーイスカウト餅つき大会の感想

ベンチャー隊  大谷 彰 

我がボーイスカウト練馬九団の新年最初の行事といえば、餅つき大会と決まっている。今年も例外ではなかった。
朝の十時ごろに公民館に集合して、前日の天気予報に反して晴れていたのもあり、いつになくほのぼのとした空気の中で、本年最初の活動が始まった。
まずは、団員長その他の方々の挨拶。それによると、
「今日は昨日雨が降っていたにもかかわらず、いい天気になりました。これは皆さんの普段の行いがよかったからです…」
天気が良かったのはこのためらしい。
さて、餅と言うものは、当然ながらつかなければ食べられないのだが、これがなかなかの重労働なのである。ところが練馬九団には、中高年及び小中学生が多く集まっており、身体的体力的にもキビシイものがあるので、高二の私は、たくさん働かざるを得ない状況になってしまった。
そういうわけで二〇〇八年記念すべき一臼めで、私は、蒸かしたもち米をつぶすところから、それをつくところまで、やらせていただいた。
文章で書くとたいしたことはなさそうだが、この作業は私の思っていた以上に過酷な仕事であった。終わった後には、情けないことに、腕が重いし、手には力が入らなくなってしまった、私も一応運動部員である。
ついた餅は、すぐに、女性陣の手によって一口サイズになり、皿に盛られた。後は各自勝手に食べるだけで、学校給食のようにいちいち集まったりはしない、実に気楽な集会なのである。
ちなみに個人的に一番おいしく感じたのは、餅に大根おろしと、だしと、青海苔を混ぜたものを乗せたやつだった。
まあそんな感じで、色々な人が今と同じことを、何回か繰り返すうちに、トン汁とおでんもできた。
おでんは一部火の通っていない大根を除き、おいしくいただいた。
食べることばかり書いていて申し訳ないが、本当に食べてばかりだったのだ。
昼を過ぎると、徐々に餅もなくなり始め、まもなく餅つき大会も終了となった。
まあこんな感じで、二〇〇八年最初の活動は、ほのぼのかつ平和に幕を閉じた。
今年もいい年であることを、願うばかりである。
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